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LIFE | yuki ota

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08/24/2016
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世代の感覚・モザイクタイルミュージアム多治見

帰省した際に、父母に連れていってもらった、多治見にある新しい美術館。

モザイクタイルミュージアム

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タイルの発祥の地、とのことで多治見に新しく作られたミュージアム、外観からとても面白い形をしている。

設計は、藤森照信氏。この日、ちょうどこの後に、ジブリの立体建造物展に行くのだけれど、ちょうどその展示の監修もされている。

言われてみると、どこかジブリを思わせる不思議な世界観が感じられる。

 

まさに、サツキとメイの暮らす赤い屋根の家のような、昔ながらの家の水回りにこそ、ここで展示されているタイルが使われている。

親世代の感覚では、なぜこんなものを飾っているのか、展示しているのか、というものかもしれない。

古臭く、子どものころに当たり前のようにあったかまどやトイレ、風呂場が展示されている。

よく滑るんだよな、目地が汚れるんだよな、といったように、あまりいい思い出は少ないかもしれない。

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これらのものが、新しいダイニングキッチンやステンレス、あるいはユニットバスなどに取って代られた後に暮らしてきた若い世代からすれば、とても新鮮でしかし懐かしさを感じさせる。

そこにある懐かしさ、は自分が体感したものではなく、ジブリ映画や古いお話、親世代の古い写真などから、得た記憶や情報から成り立っているものだ。

ただ、その懐かしさも、改めて現代の感覚でデザインすると、新しく感じられる。

 

この展示は、採光の良い建物の最上階部分に展示されている。

光に照らされることの少ない、陰影の多かった日本家屋の奥隅で暗く鈍く佇んでいたそれらは、白い壁と強い採光のなかで、とても美しく飾られている。

水回りのジメジメした場所に置かれることの多いタイルのイメージはそこには無い。

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古いものは光に照らされてこなかった。文字通り光を当てると、新たな価値をもったものとして生まれ変わっている。

そのことがとても面白い。

 

タイルは日本だけのものではない。海外に目を向けると様々な模様のタイルが作られ、飾られ、今も使われている。

日本の最近のリノベーション建築にも多くタイルが使われ始めていて、その価値はいま見直されている、というのは言うまでもない。

だからこそ、このミュージアムが価値あるものとして作られ、各地の各家庭で朽ちて捨てられるだけのものが救われ、守られている。

 

さまざまな形の色とりどりのタイルは、いま「かわいい」ものとして受け入れられている。

この「かわいい」の感覚はとても大事なもので、技術的なことや情報が不足している中でもその良さを本能的に理解することができる。

だから「かわいい」と思わせたら、勝ちだ。不思議と心を捉えるもの、として目に映る。

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こうしたミュージアムが単独して作られ、伝統や町おこしといった古臭いキーワードを感じさせない形でうまく実現していることはとても喜ばしいし、ぜひこのままうまく続けてほしい。

私たちは次の世代のために、何を取り除き、何を残していこうか。

08/18/2016
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子どもと私

子どもを育てていると、子どものころの記憶が自然と浮かんでくることがある。

たいていは、弱くて、情けない、醜い自分の姿がそこにあって、とても恥ずかしい気持ちになる。

 

保育園のとき、隣のクラスの女の先生が怖くて、廊下でばったり会っただけで泣いてしまっていた。

保育園のプールが大嫌いだった。

消毒槽の冷たさも、シャワーの冷たさも嫌だったし、水が顔にかかるのも嫌で、プールのへりに皆で座ってバタ足を練習するとき、顔を背けていた。

自分で気づかないうちに、保育園のおもちゃがカバンに入っていて、家に持って帰ってしまったらしく、とても怒られた。今でも、誰かに入れられたんじゃないか、と思っている。

同じように、小学1年生のとき、自分で気づかないうちに、友達の腕を折ってしまったらしい。それも、そいつが勝手に転んだだけなんじゃないか、と思っている。

放課後、高学年の誰かが倒れて、救急車を呼んだらしい、と聞いて友達数人と残っていた。いざ、その場になって野次馬をしていたら、次の日クラスで名指しで怒られた。

 

苦手な食べ物が多かった。保育園で出てきたオカラやくわいが食べられなくて泣いていた。

小学校でもナスが食べられず、昼休み中、遊ぶこともできず、泣きながら食べていた。

ソフト麺が苦手で、いつも残していた。

 

視力が悪くなったことを、親にいうのがとても怖かった。ゲームばかりしていて、目が悪くなったと思われるのは当然だった。

案の定、とても怒られて、メガネを買いに行ったが、今度はメガネを学校でかけるのがとても嫌だった。

親のセンスで選んだダサいメガネだったけど、とても高額なものだったから、そんなことはとても言えなかったし、皆の前で普段と違う格好をする、こと自体に恥ずかしさを感じていた。

見かねた親が、先生にそのことを告げ、ある朝礼の時に、メガネをかけて皆の前に立たされた。別におかしくないでしょう!と先生に言われながら、とても悔しくなって泣いていた。

 

漢字や計算の練習帳をもらってすぐにどこかに隠して無くしてしまっていた。

おかげで、人より半年以上遅れて掛け算・割り算を覚えた記憶がある。

ろくに学びもしていなかったのに、友達とプリントを交換して丸つけをしていたときに、でたらめな答えに「バーカ」と書いて、先生にあとでひどく怒られた。

勉強もできなかったし、スポーツはもっとできなかった。

スイミングを習っている兄と姉に、とても怖いコーチがいて、足のつかないプールに放り出される、と脅されて真に受けて、絶対やらないと言い張った。

泳ぎは今でも苦手だし、そのほかのスポーツもいろんな理由で避けてきた。

マラソンだけは唯一好きだった。苦しいのは自分だけで、自分が苦しめば苦しむほど、周りの人より速くゴールできたから。

 

日常生活のあれこれも、全然できていない子だった。

笑いすぎると尿を漏らし、必死で乾かしたりしてごまかしていた。鼻水をよく垂らしていて、袖や服で拭いていて汚らしかった。

顔を洗うのもおっくうだし、歯磨きもしなかった。虫歯になっても、歯医者には行きたくなかった。

注射も大嫌いでなんとかその場を逃れようと無理やり熱を高くしていた。

 

 

もっともっと情けないエピソードが、小学校以前の記憶だけでもまだいっぱいある。ここには書ききれない。

それらのエピソードにまつわる性格をそのまま引きずって大人になってしまった自分がいる。

とても弱くて情けなくて周りの人に嫌われたくなくて、怒られたくなくて、それでいい子にしようとしているだけで、倫理観や責任に欠けた自分がいる。

 

大人になって、そういう弱さを見せない、克服する、補う、正す、そういう作業を少しずつ重ねていっていたはずなのに、根っこの部分で、「どうしようもない自分」を諦めている気がする。

人間にはそういう弱さがある。正論ばかりでは心が折れる。感情的な思考を大切にしたい。

こうした自分の考えの中に、自分を甘やかしたくてしょうがない気持ちが多分に含まれている。

散々甘やかされてきた自分は、大人になった今でも甘やかされていて、しかし今子どもと向き合っている。

子どもが妻や私に怒られて泣いている姿を見ると、過去の自分の姿を思い返してしまう。

そのことが耐えがたく、子どもに対して怒ることを避けているし、怒られる場面でも逃げてしまっている。

今も、自分の弱いところは全く変わっていない。

 

 

子どもの素直さが好きだ。

食べたくないものが食卓にあると、眠くなるふりをしたり、おなか痛いと言ったりする。

片づけをする、と宣言した数秒後に見つけたおもちゃが楽しくなって遊んでいる。

そうした素直さがとてもかわいらしい。

 

今、向き合っている自分の子どもは、自分に比べて信じられないくらい清々しく成長している。

どうか、自分のようにならないで生きてほしい、と切に願っている。

 

船内

08/08/2016
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瀬戸内国際芸術祭と地域アート

一年近く更新が空いてしまいました。

このサイトもいろいろ見直さなければいけないと思っています。

 

 

さて、瀬戸内国際芸術祭が行われている小豆島と豊島に行ってきました。

島の距離的にも日常から感じを楽しみたくて、というのもあって、夏の旅行先に島を選びました。

 

船内

 

島は、芸術祭の会期中ということもあって、ふつうより人が賑わっていたのだと思います。

ボランティアの案内をしてくれる地元の人もとても親切にしてくれました。

 

芸術祭の作品は、島のいたるところに点在しています。

小豆島は広さもあって車をフェリーに積んで周りましたが、それでも相当な距離を歩くことになるため、夏会期中は熱中症に注意です。

子どもと一緒に行ったのですが、子どもも頑張って歩いてくれました。

また、子どもと一緒に島の景色を眺め、歩き、夏の暑い島の気配を感じることができたのが、一つの旅の収穫でもあります。

浜辺の作品

 

芸術祭の作品の一つ一つはどれも、面白くユーモラスな視点で社会を風刺したり、実験的に独自の世界観を示したりと、いわゆる「現代アート」と呼ばれる類のものを中心に配置されています。

昨年、大地の芸術祭を経験して、「芸術」がなんなのか、と考えていましたが、やはりいろいろと思うことはあれど、答えは出ずに、こうした作品鑑賞においては、「考えるな、感じろ」が一番だと思っています。

 

ただ、「地域のなかに置かれたアートの意味とは」「地域アートは地域のためなのか」「地域アートはアートたりうるのか」という視点で物事を考察することは非常に重要だと思っています。

地域アートが地域の負担になっていないか、乱立する地域アートのなかで若手アーティストが搾取されていないか、地域アートが現代アートの価値自体を棄損していないか、など地域アートをめぐる問題はさまざまな形でこれまでも議論され、また指摘されてきました。

 

芸術一般、あるいはそれらを鑑賞し所有することは、もともと上流階級の特権の一つでした。

それが一般に開放されるようになり、いまや芸術は美術館という箱を出てこうした地域の芸術祭をはじめとする屋外展示にもなっています。

当然、それらは私たちの日常に影響を与えます。

私たちの日常に芸術が変化を与えると同時に、芸術自体もその性質を変えていきます。

芸術一般にはどこか社会や常識、一般的なものの見方とは「相反するもの」が含まれています。

それは、芸術家の独自のセンスでもあり、観察眼でもあり、技術・才能が発揮されることによる結果の一つでもあり、芸術が社会に対して一定の疑問を投げかけることでその存在意義を保ってきた、ということもあるかもしれません。

芸術には、現代社会を批判し、風刺し、皮肉に描く力があり、それがある意味許される世界でもあります。芸術で描かれ、あるいは構成される世界は、あくまで虚構だからです。

芸術祭で多くの作品がそれに類するであろう「現代アート」はまさにその社会風刺の先鋒ともいえる存在でした。

なかには、過激なものも多く、世の中から強く非難される作品もあったことと思います。

豊島美術館

それが、いまこうして、「地域の芸術祭」という一つの大きなまとまりとなって、現代社会の枠組みのなかで居場所を確保していることが、少し不思議なのです。

芸術祭が地域に馴染んでいるという評価を下していいのかどうかは、まだ分かりませんが、少なくとも越後有妻・瀬戸内の二つの芸術祭は10年近く続けられ、地元の人も手馴れている・飼い慣らしているという印象がありました。

地域に飼い慣らされた芸術は、観光資源として地域に恩恵をもたらします。島に賑わいと金銭的価値をもたらす有益な存在として、多くの人が認識しうるものになり、島民も迎合します。

こうして完成された「地域アート」は、社会的な意味においては成功した「地域アート」になるかと思います。だからこそ、他の多くの自治体がウチもぜひやろう、となるわけで。

一方で、芸術としての消費のされ方としては、本当に正しいのか、やはり疑問は残ります。

 

私は、瀬戸内国際芸術祭を見に行ってきたと話すことはあっても、○●さんの「~~」という展示を見てきた、とは言わないでしょう。(分かる人には言いますが)

一人ひとりのアーティストが作品に込めた思いがとても薄くなっているようにも感じます。

自然という大きなキャンパスのなかで、発表の場がたくさんある、ということ自体はとても素晴らしいのですが、一つ一つの作品の与えるメッセージを全て受け止めることはできずにいます。

「現代アート」が本来持つべき社会に対する疑問の投げかけ、あるいは強烈な批判、といったものの効果は、果たして届いているのでしょうか。

 

芸術の側から見たときに、「地域アートが地域に受け入れられること」は喜ばしいことなのかどうか、芸術を専門とせず絵も描けない自分には判断もつきませんが、鑑賞者として改めてこの芸術祭のあり方に疑問を投げかけたいと思います。

 

地域や鑑賞者、そして社会の側から見たときには、「地域に受け入れられること」は歓迎すべきことです。

地域に新たな価値をもたらし、あるいはそれまで持っていた地域の価値を再び輝かせてくれ、地域の人々の再発見・再認知とともに新たに人と人とをつなげている。

「アート」には、こんな喜びをもたらしてくれる力があるのだ、と。

そして、少しでもアートに興味を持ってくれた人がまた別の芸術を鑑賞することで、アートや芸術を延命させていく。

そんな好循環は、夢のように描けることと思います。

それが、「現代アート」の望んでいる姿なのか、鑑賞者としてこの問いを投げかけたい。

 

地域アートの話が主になりましたが、小豆島も豊島も本当にいいところでした。

海のきれいさに驚き、想像以上の島の山深さに驚き、日常から意識を離れて、純粋に旅を楽しむには絶好の場所でした。

 

豊島では、民泊を体験しました。島のおばあちゃんの家に泊まらせてもらい、野菜の収穫などをさせてもらいました。

田舎育ちの自分たちにとっては、実家に帰れば同じことはできるのですが、また違う地方での違う暮らしのなかで見るそれらはとても目新しいものです。

たとえ観光地を訪れたとしても、そうした日常の暮らしを見る機会のほうが圧倒的に少ないのです。

 

「こんなもん、たいしたもんじゃねぇで」と島の人が言うそれらがアートになり得るものであったり、他のだれかにとって変化をもたらす価値あるものだったりする、

たとえそんなものが見つからなくても、そうした可能性を探す作業そのものが、私はとても好きです。

(※民泊でのところてん作り。このハコは、大工のお父さんの手作りだそうだ)

 

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08/31/2015
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大地の芸術祭と民俗泊物館。レポートの続き。

民泊レポート 8月25日-26日 昭和町

新潟県十日町市で行われている、大地の芸術祭・越後妻有トリエンナーレ2015、その作品の一つでもある民俗泊物館

ここの企画で、研究員として地元の方のお宅に泊めてもらい、いろんな話を伺い、町のお祭りに参加してきました。

 

初めて来た町で、初めて会った人たちと、初めて聞く民謡を踊る。とても不思議で面白い体験でした。

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まちの至るところ、山間の集落のあちこちに点在するアートが、自然とそこを訪れる町の人や住人との出会い、コミュニケーションをもたらしているようで、研究員としてお世話になったところ以外でも、不思議と会話が生まれていくのは、とても面白いものでした。

民泊で得られた体験は、レポートとして長々とまとめましたが、アートがその地域のなかでどのように受け止められているか?というのは、今回の旅のテーマでもありました。

1日目~2日目のことは、レポートにある通りですが、2日目以降にもアートと地域について感じるところはたくさんありました。

レポートの続き 松代・山ノ家

 

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トリエンナーレを始めて、約10年が過ぎ、各地でもこぞって地域での芸術祭(ビエンナーレやトリエンナーレ)が開かれるようになり、ようやくその先駆けともいえる大地の芸術祭では、町の人もそれらを受け入れ始めているようです。市内の中心街活性化チームとして動いているスタッフの一人は、芸術祭の拠点でもあるキナーレという施設で案内を行っており、芸術祭そのものにも関心が高く、民泊先のお世話になった方も芸術祭を肯定的にとらえていました。

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しかし、それはあくまで、「芸術祭」に関わる部分のみで、日常の生活にまではその影響が及んでいるわけでもないように感じられました。もともと冬になると全国有数の豪雪地帯で、1階部分は高床式にしている家が多数ある地域です。芸術祭の終わった雪深い季節にどれだけの人がここに集まるか。そしてその豪雪体験を共有することが、ここの日常でもあり、隣近所で助け合って生活をともにしていく、という要の部分でもあるような気がしています。民泊先でも、冬にも来てねーと軽く言われたものの、その壁は高く、困難なものだとなんとなく察しています。

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山ノ家

二日目の夜に泊まった「山ノ家」colocalなどの旅メディア等でも広く認知され、東京などの都市部からの訪問客も集めているものの、地元の人との交流はまだまだ少ないようでした。

実際に、芸術祭開催期間中以外では、客足も全然途絶えてしまい、地元の人に入ってもらうには、どこかヨソモノ感が漂う空間になってしまっているようです。また、冬の期間には、殆ど店自体も開いていないとのことです。厳しい冬に、東京に戻ることもできるのが、都市と地方を行き来できる境界に生きる人の利点でもあり、それ自体は否定されるものではないのですが、一方でまだまだ浮いた感じの「常設アート」になってしまっているようにも感じられました。

地元のお祭りが開かれていたその夜も、表通りの人通りはわずかで、たしかに集落の人口の少ない地域ですが、それ以上に宿泊客として利用している僕にもどこか冷たい印象が感じられたのは、一日目に民泊という形で地元の人に直に接触していたからかもしれません。

今年でオープンして3年目というのに、スタッフも基本的にカフェの中での仕事に追われ、お祭りの概要を把握していなかったようで、今年はようやく「茶もっこ」という形で外にかき氷屋を出したりして、わずかながらに参加しているような形を取っていました。

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多拠点居住を掲げ、都市部の人の第二の故郷としてのオープンスペースを作り上げている「山ノ家」はたしかに、地元の人から見れば異質なものなのかもしれません。一方で、質の高い空間を作り上げ、一定の客層の琴線に触れる魅力を持つ場所であるのは確かです。地元へ溶け込むことと、特別感を出すことのバランスを保ちつつ、息の長い運営をしていくのは、想像以上に苦労があることと思います。

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今回、アート参加者が、松代のお祭りのなかでパフォーマンスを行う姿も見られました。少し奇異の目で見られていましたが、不思議となじんでいて楽しそうでした。一時的な滞在者でもあるアーティストが住人たちのもともとの日常の中に入りこんでいくには、時間と相応のエネルギーを要するものだと思いますが、その面白さを体験し、伝え、また訪れた人に感じてもらう、そうしたことを続けていければ、アートが地域にもたらす良い効用として、古くからの住人も新しい住人も変わっていくのではないかという可能性もまた感じました。

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最後に、レポートのまとめの文章を再掲します。今回、偶然にも市街地のお宅に泊めてもらいましたが、僕が初めて体験した地域の芸術祭もまた、甲府の街中で行われたものでした。そのとき感じた面白さの根源をもっともっと知りたい、という気持ちは今も続いています。

 

まとめ

大地の芸術祭の行われているこの十日町市にとって、アートは日常のなかに置かれた非日常なのかもしれない。あるいはそれが徐々に新しい日常になりつつあるのかもしれない。

一方で、ここを訪れる私たちのような外からの人間は、アートもこの場所の自然も、暮らしも全てが非日常として体験される。山梨で「こうふのまちの芸術祭」を主催する五味文子氏は“誰かの日常は別の誰かにとって奇跡みたいだ”(民藝運動としてのアートフェスティバル/「アサヒビールメセナvol.27」2010)と述べる。

たぶんそれは正しくて、でも私たちが日々経験している私たちの日常が、他の誰かにとって奇跡みたいな非日常である、と気づくのは難しい。織物を学んだ彼女の言葉は、“まちという経糸に、アーティストという緯糸を織り込むことで、でき上がる可能性は無限大だ。そこで暮らす人間にとってはあたりまえのことも、外から来たアーティストにとっては、意外な面白みであったりする。”と続く。
アーティストに限らず、あたりまえの日常の中にある面白さは、生活の外から来た人全員が共通に感じることができるものです。

この面白さは、普段なんでもないと思っているようなところに転がっていて、なんでもない会話のなかから発見されるものでもあるのだと思います。「なんでこんなとこまで来たの?」とさんざん訝しがられたけど、こういうのが面白くて大好きなんだよなぁ、と思うからなんです。

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自分のところのお祭りで疲れ切って、逃げるようにやってきたけれど、またお祭りの楽しさを教えてもらいました。ありがとうございました。

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08/24/2015
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自治会・地域の仕事のさじ加減

今年、団地の自治会長をしていて、自治会のメインイベントの夏祭りがようやく終わった。

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8月は、夏祭りのオンパレードだった。市主催のお祭り、自治会連合(複数自治会主催の)盆踊り、保育園の夏祭り、そして、自分の団地の夏祭り。

他の夏祭りの手伝いをしながら、自分のところの夏祭り準備を主体で進めるのは非常に困難だった。

自治会連合に加盟していると、行政とのかかわりが深くなり、市政の下部組織としての自治会の位置づけが強くなる。こうした、お祭りごとや体育祭、敬老会などのさまざまなイベントに参加し、また手伝わなければならないが、その代わりPTA、福祉委員会、青少年対策委員会といった他の自治組織とのつながりが強くなり、地域の情報が入りやすくなる。また、事前の準備段階から、ポスター作りなどに子どもが関わることができ、盆踊りや夏祭りへの子どもの参加がしやすくなる。

 

団地の自治会員のなかにも、自治会連合への反対意見も多い一方、やはり子どものことを思うと・・・、というところでその主張もとどまっているのが現状だった。

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自治会の役員は、約20名だが、毎年入れ替わり、前年度役員はサポート役に回ることになっている。最近は、若い自治会長が3代続いていることもあって、データでの資料引き継ぎもスムーズにすすみ、通常の運営上の支障はそこまで無い。

一方で、夏祭りなどのイベントごとに関しては、運営役員だけでの人手では到底足りず、多くの自治会員の手伝いを必要とする。

毎年のことなので、長い間、毎年毎年やってきた人たちが要領よくやってくれ、お任せできる部分は完全にお任せしている。そうした点は、協力的な人が多くて、本当に助かっている。逆に、組織されて間もない自治会役員のほうが、何をしていいか分からない人が多い。役員になって、初めて夏祭りに参加した人も中にはいる。

そうすると、本来役員が仕切って動かなければいけない場面で、うまく役員が動けず、詳しいお手伝いさんが勝手に動く、という事態も発生する。それで、問題が起きなければいいが、要領を得ないうちに、自分の思っているとおりでないことをされたときにはやはりストレスを感じ、ときに些細な問題が生じたりする。

毎年やっていることとはいえ、物品が欠損したり、模擬店のメニュ-を変えたりと、前年の反省や今年の状況などを踏まえ、改善・変更している部分も多い。

それに対し、なかなか理解の得られない場面もある。なぜ、今年は違うのか、去年まではこうだった。これは無いのか?新たに出てきたこのやり方はどうするのか?もちろん、一つ一つ説明はするが、その説明に納得しようとせず、批判をしてくるようだと話がややこしくなる。

 

全体的には、多くの人が協力的で、各自がそれぞれのできる得意分野を手伝い、うまくやっていくことができ、大きな問題が起きることなく無事に終えることができた。

 

が、上記のような細かい部分での調整や些細な意見の食い違い、とりまとめなど、身体的なもの以上に精神的なストレスも大きなものだった。

毎年、役員が交代する以上、どうしても新しい人たちが、前の年のやりかたを踏襲しつつも、その年のカラーを出して行うことになり、それに対し、反発が起きることもある。

しかし、それを安易に古いやり方に固執する悪意を込めた表現で「老害」として括ることはできない。地域コミュニティを支えてきたのはそうした経験豊富な高齢者であり、彼らの協力なしでは、こうした祭りを開催することもできない。そして、老婆心は悪意から来るものではなく、だいたいが善意である。その善意を受け止めつつ、自分たちなりのやり方を理解してもらう必要がある。

古さと新しさの双方の立場を理解し、それらをインテグレーション(統合)する形で、まとめていく能力が自治会長に求められるのは間違いない。もちろん、僕にはそんな能力はなく、到底役不足であるし、そんなに会長の敷居を上げてしまうと、いったい次はだれが担っていけるのか、という話になる。

自主的に手を挙げてもらうことにはしているものの、輪番で回ってくる以上、基本的にはどんな人でもできるものでなくてはならない。

地域の仕事には、無駄だなぁと思うことや、もっと効率的にできるんじゃない?と思うことがある一方で、下手に敷居をあげると次の人ができなくなる、といったこともあるし、ボランティアで役員してるのに、仕事ぶりが悪いと批判されるほど報われない状況下だと、役員のなり手がどんどんいなくなる恐れもある。そのさじ加減は難しい。

 

だから、こうした自治組織はもっと、ゆるくテキトーでいいんじゃないか、と思っている。

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「地域」というただ住んでいる場所が同じというだけでつながっている、人と人との関係から成り立つ組織だ。いろんな立場の人がいて、いろんな意見の人がいて、それらをまとめるのは不可能だし、文句を言いたいだけの人もいる。

人と人との関係で成り立つものである以上、日頃の挨拶、付き合い、労い、声掛け、そういったことは気にかけて今後もやっていきたい。

でも、仕事の質や立ち回りについては、大目に見てほしいなぁ、という長い長い愚痴でした。