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LIFE | yuki ota

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12/18/2014
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月の裏側/レヴィ・ストロースの日本びいき

少し、日本びいきにすぎるような、レヴィ・ストロースによる日本に対する語り。

日本の美意識文化の根源を縄文精神に見出し、様々な文化に驚くべき順応性を持ち独自の日本文化を築いてきたと評する。
日本は、主体から思考を出発させない。ちょうどデカルトの「我思うゆえに我あり」の否定のように。
自分を取り巻く環境から自分自身を規定する。

そのため、「日本とは何か」という問いに対し、自分自身もあいまいにしか答えることができない。
日本人は「日本的な何か」を持ちながら、資本主義を受け入れ、近代化を成功させた。
日本文化の特殊性は、ときに両極端にあるものを隣り合わせにするような順応性にある。

「日本的ななにか」。それらの精神やそれを保持しようとする環境は、一部では過剰な排外性を持つ集団になり、
あるいはグローバル化のもとの均質化の危機にさらされている。
行き過ぎた日本の賞賛は、日本的なものに対する壁をかえって高くしてしまう。
しかし、あえて境界をひかず、様々に取り入れられた各々のものの基本的な要素を同時に強調することで、
より多くの豊かさを日本人は獲得している。

日本は、国土の2/3を占める野生の部分を放置し、都市にすべての資本を一極集中しているが、
一方で月の裏側からの視座では、それらは野生の部分を尊重してきたとみなすこともできる。
また日本人から見ると、雑然とした東京の街は、彼から言わせれば自由らしくていいじゃないか、ということらしい。

安易にこれらの視座を乱用することは偏った愛国精神になりかねない。
実際に、いま「日本」を定義するなかで「日本ならざるもの」が持ち上げられ、愛国さらには神国!といった過熱した右傾化議論がネット上でも散見される。

しかし、レヴィ・ストロースは、日本人は「社会全体が必要としている役割を満たそうとする、それでいてまったく寛いだ感じでそれを行う」とほめる。
そうした彼の贈り物のような賞賛を真摯に受け止めて、この不思議に発達した文化を新たな変容を受け入れつつ、日常にそれらを喜びとして感じられるようにしたい。

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08/18/2013
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ビールと古本のプラハ/チェコのビアホール

チェコのビアホールは面白そうだ。

本書を読んで、ぜひ行きたくなった。まずビールがうまそう。
そしてそこでの人々の語らい、暗がりのなかで顔を赤らめた人たちの人生、
それらを垣間見ることの楽しさを感じさせる。

ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を訳したチェコ語の研究者、千野栄一による、
タイトル通りのプラハのビールと古本に関するエッセイ。

チェコのビール通の飲み方、ビアホールの常連の話など、
まったく知らない異国の交流のさまが描かれていて、それが妙に情緒的に想像力を掻き立てる。

歴史や政治に文化が影響を受けやすい土地では古本に関する事情も変化が多い。
そうしたなかで変わらずにあるビアホール・バーでのひとときは、著者にとっても格別の時間だったと思う。

階段の七番目―ビールのちょうどよく冷える温度の場所

このことは覚えておきたい。

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09/26/2012
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イベントを続けること ぼくらの文楽

ぼくらの文楽。

去年から始まって、とても気になっていたイベントが山形県長井市で行われていたので、行ってみました。

大阪から飛行機と車を使って約4時間。
家族3人の宿泊交通費で10万円超えてた。

それでも、行ってみたいと思って、行ってみて、行ってみてすごく良かった、と思いました。

子どもと一緒に、家族と一緒に、自然の中で自分の好きな音楽を楽しめるなんて、本当に幸せだなぁ、と思ってしまいます。

ぼくらの文楽は、とてもよく子どもや家族のことを考えて作られていました。

ショピン、森ゆに、COINN、HARCO,コトリンゴ・・・出演者はこれでもか、というくらいの落ち着いた、また楽しい演奏をしてくれる人達。

出店されている料理店にはアレルギー表示が全てされていて、雑貨も子ども向けのものが様々あって。

 

いつからか音楽を聴くことがたまらなく好きになって、いろいろなイベントに足繁く通っていたけれど、実際子どもが生まれると、二人でいたころよりもずっと遊ぶ時間は減っていて、こうしたフェスやイベントも昼間にしか行かなり、ずいぶん遠のいていました。

そうしたなかで、こうしたコンセプトを一つもってやってくれるイベントはありがたいし、とても優しさを感じるいい雰囲気が伝わってきます。

いまのフェス文化を支えている中心世代は30代半ばくらいの人が多いんだと思います。イベントを作る側も、参加する側も。そうした世代では似たような実感を持っている人も多いんじゃないかと思います。

子どもはまだ小さくて、きっと良く分からないと思うし、「お父さんの道楽につき合わせている」ようなものなんだけど、それでも自然の中でいい音楽を聴いて楽しむ贅沢を感じてくれたらいいな、と思っています。

音楽を自然の中で聴くことの気持ち良さは実際に体験してみないと分からないところがあります。

音は飛んでいくし、雑音も混じるし、天候にも左右されがちだけど、芝生の上で寝そべって聴いてみたり、太陽の下で汗を流しながら踊ってみたり、涼しい風に吹かれてじっくり耳を傾けるのも、ライブハウスでは味わえない野外フェスの楽しみだったりする。

決して日常的なことではないけれど、そうした経験を幸せだなぁと思ってもらえるように育ってくれたら親としても幸せです。

 

長井市は、特徴のない町でした。

山間の、やっぱり高齢化の進んだ、だだっ広い土地と田畑だけは豊かな、ウチの実家に良く似た町でした。

そんな何もない町でゼロからイベントを作り上げていった「10年続くイベントにしたい」という主催者の方の思いは本当に強いものなんだと思います。

 

こうしたイベントを作るには、多くの人手が必要だけど、成功したときの一体感や高揚感はイベンターとして自分が携わったときにしか味わえないし、自分が関わることでより興味も関心も強くなる。

なんだか良く分からない人ばかり呼んでいて、なにが面白いの、っていうところから始まるかもしれないけれど、しんどい思いをしてイベントをやり遂げた中で聴くフェスのトリの音楽は(吊り橋効果みたいなもので)きっと好きになって、日常にそうした音楽を聴くようになる。

そうして興味をもった人達が、また次のイベントを作り上げるメンバーになって、イベントを伝えていく。

ひとつのイベントを10年続ける、っていうことは、たぶんこういうことなんだと思います。

それで、この町にたくさんの若い人が住むようになるかどうか、はまた別かもしれないけれど、そんな面白い人達がいて、面白いことをやっている町だったら、僕はちょっと帰ってもいいかな、と思う。

 

いろいろなことを思ったし、感じたし、何より楽しかったです。

10年続くといいな。あと8年。

 

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07/09/2012
by lazy_planet
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育児の夏休み

子どもが生まれて、もう8カ月と少しになります。

日に日に出来ることは増えていくし、笑顔も寝顔も泣いた顔もたまらなくかわいいし、

本当に見ているだけで「妻でかした!」と叫びたくなるくらい、嬉しい日々が続いています。

 

それでも、たまには夏休みも必要だな、と思って、

今週一週間はしばらく妻は娘を連れて実家に帰りました。

ずっと育児にかかりきりになることは嬉しいだけでなく、大変なこともいっぱいあると力説したくなるのは、多くの子育て経験者の誰もが思うところだと思います。

 

 

あまり好ましいことではないかもしれないけど、育児を仕事に例えるなら、

朝から夜まで一日中稼働していなければならないし、長時間労働なうえに、

理解のない職場だったら(夫やその母的な何か)、その辛さも分かってもらえないうえに、

単純な事務仕事だろと思っていて残業代(デザート的な何か)もないし、メンタルケアも月一回の面談もない。

 

本当は私だってバリバリ仕事したいのに、という焦りもあったり、涼しいオフィスでのデスクワークのほうが案外育児・家事より快適だったり、

と妻のイライラは徐々にエスカレートしていきます。

 

夫(あるいは働いている方)の言い分からすれば、夜まで働いてきたのに、まだ家の中でも仕事させるのか、

と、それはもういいたいことはよーく分かるし、自分でもときどき頭ではわかっていても駄目だ、と思う一言を言うこともたくさんあります。

 

そんな小さなことがだんだん積もり積もっていくと、いずれ子育てがイヤ!と思うときが必ずやってきます。

 

ずっと可愛いわが子を見ていられる、というのはずっと危なっかしいわが子にかかりきりになる、ということで、

だからこそ親も強くなるのだけれど、親もそこまで強くありません。たまには休みたいし、遊びたい、人間だからラクがしたい。

 

 

夏休みはわが家の福利厚生の一環です。

妻だけでなくてお互いにとっての。

 

実家のジジババも喜ぶし、妻も多少なりとラクできるし、

夫も寂しさと引き換えに、仕事から家に帰って育児しなくていい自由が得られます。

 

共働き家庭でも無いくせに、何を贅沢な、と思うかもしれないけれど、

楽しく働くためには楽しく働ける制度だったりそれを作っていこうという環境(空気)だったり、が必要、

というのは会社でも家庭でも同じことだと思っています。

 

という一方で、互いに無関心にならない程度にこうしたことをやっていくことや、

良い意味で甘えにならずにガス抜き程度にこうした機会を作っていくことは意外と難しいだろうし、

親を頼れなかったり、むしろ親から離れたいとか、夫が理解してくれないなんて当然あるかもしれないし、

こんなことができる環境もやっぱり恵まれているんだろうな、と思うと声を大にして言っていいものでもないかもしれない。

 

twitterとかで「いいよ、夏休み!」っておおっぴらに言おうと思ったけど、

一方で140字以内だと大いに誤解も反発も招きそうだと思って短文での公言は差し控えました。

 

でも、たまには休もう。むりはしない。

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03/04/2012
by lazy_planet
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拡がるブックトーク 男性学についての対談

女性学・男性学 改訂版 — ジェンダー論入門 (有斐閣アルマ)

豊島区とNPO法人WANの主催で開かれた男性学についての公開講座に参加しました。

内容は男性学の大家、伊藤公雄先生の講演と、伊藤先生とフェミ研究の大御所・上野千鶴子先生との対談で、

素晴らしく面白い内容でした。

こんな講座を無料でやって頂けるのは本当に素晴らしいと思いますが、その益を受けている大半はやはり高齢の方ばかりでした。

託児所も設けていて、内容的にも若い人を呼びたかったのではないだろうか、と思うところでしたが、そうした若者がいないところにも、

今回のテーマの根底にある問題が見えてくる気がしました。

 

講演の内容は主に、2011年秋・冬に出された「女も男も」という冊子の”変わる社会・家族と男性”から。

 

1970年代、世界的に女性の労働力率は歴史的に上昇し始めたのにも関わらず、日本の女性労働力率は伸びなかった。

しかし、当時の日本は急速に発展しつつあった時代でもあり、それを支えていたのが男性の長時間労働及び女性の家内労働だった。

そして、90年代以降、そうしたことの歪みが起こりはじめ、男性の過労死・自殺・そして男女の機会不均衡が生まれている。

社会的にも制度的にも変わっていこうとしていく流れはあるものの、なかなか変化に対応していけないこれまでの男性達と、そうした変化をうけてこれから生きていく若者たち。

優越・所有・権力という指向性のなかで社会に適応してきた男性達が変化をどう受け入れるのか、

また若者はどういう選択を行い、旧来的な社会・慣行の未だ残る中でどういった意識のもとで変化の最中を過ごすのか。

そして、社会的に進出した女性たちは、優越・所有・権力の男性社会の中で、「男性化」することなく、社会的に自分自身の成功あるいは幸福を掴めば良いのか。

 

講演から対談に至るまでの概ねの内容はこんなところだったと思います。

 

以下、私自身の雑感です。

昔ながらの雇用慣行が依然と続いていしまっている状況では、やはり高度成長期と変わらない労働環境のなかで長時間労働を強いられる労働者はまだまだ大勢います。

そして、その雇用環境のまま女性が進出したことで、女性も長時間労働を行うようになっていることが、かえって女性自身の生き方を生きづらいものにしてしまっている現状もあると思います。

そうしたなかでの行政的なアプローチでの子育て支援や保育所の確保等は必要な一方で、根本的に男女ともにそもそもの働き方を見直す、あるいは「社会的な成功」をよく言われる「勝ち組、負け組」的なものに見い出さない、という視点は必ず必要なものだと思います。

それと同時に、旧来的な男性的覇権ゲームから脱する選択をした若者が、はたして本当に幸福なのかどうか、を改めて考えると同時に支援していく必要があると思います。

おそらく、今はまだ新卒時に就職戦争を勝ち抜いて、昔ながらのレールに乗っかってゲームのプレイヤーとして生きている方がとてもラクで、「気持ちいい」と思う人が多数でしょう。

「これからはそういう生き方も変わっていくんだから、私も変わっていこう」といって、新たな選択肢を選んだ若者は、ロールモデルの無い中で難しい生き方を迫られているのは事実で、そうした悩みを相談することもできない状況では、結果的に割を食っているようにも思えます。

変化を期待し促していくだけでなくて、そうした変化を支え、また適切に導いていく、といった制度や環境が整っていなければ、人は安易なほうへ流れていてしまう。

いまは、そうした制度や環境の整備、また社会全体の意識の変化が求められているのだと思います。

3・11の震災以降の「日々の暮らしを大切にしたい」と思う、人々の間にあった意識の変化は、そのことに少しだけ寄与している気もしますが、それだけではやっぱり何も変わらないんじゃないだろうか。

すぐに元の意識に戻ってしまわないように、していかなければ。

 

 

最後に、5か月の子ども連れで行ったのですが、会場に皆さんも優しく、授乳スペースも用意してくださったようで、おかげで夫婦そろって最後まで講演を聴くことができました。本当に感謝です。

育児するパパとしては、なるべく思考停止しないように、いろいろ考えながら楽しくやっていきたいと思うので、こうした考えさせてくれる機会は本当にありがたい限りです。