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LIFE | yuki ota

ワーカーズ・ダイジェスト×川の底からこんにちは 現状をネタ化する作用

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ワーカーズ・ダイジェスト

「ワーカーズ・ダイジェスト/津村記久子」を読む。

偶然購入したものが、サイン入りのもので、サインとともに走り書きで「明日はもっとましになる」と記されていました。

先日、「川の底からこんにちは」という映画のDVDを観たのだけれど、
この映画を観終わった後と同じような読後感がありました。

映画の女の子は東京で働いていたのだけれど、父親が倒れたのを期に、バツイチ子持ちの男と一緒に里帰りして工場を継ぐ。
何も無い田舎で、悪いうわさの大好きなおばちゃん達と一緒に、川の底のしじみを採ってパックに詰める。

しじみのパック詰め工場を継ぐ女の子の、「自分は大した人間じゃないから、大して幸せになれないけど、今日はだるかった、って言って明日も頑張るしかない」という諦めているようで居座った感情をうまく表現している映画でした。

少し開き直ったように自分を客観的に見ながら、悲劇のヒーローやヒロインにもならなくて仕方が無いから明日も頑張る。
ゆとり、と片付けてしまえばそれまでだけど、もう少し掘り下げてその感情を覗いてみると、
ゆるくなんとなく働いているのではなくて、現実の中での自分の立ち位置みたいなものや、仕事との距離のとり方、
そしてこれから生きていくことについて、日々起こる些細な出来事や周囲の言動に左右されながら保ちながら何とかやっている、
のが見えてくるのではないかと思います。
自分の力ではどうしようもないことがあることも知りながら、自分には力がないことも知っているから、何もできずに
黙って今の仕事に励んでいる、そこには仕事が楽しいかどうか、とかやりがいがどうかなんてことは考えられない思考の閉じた世界があるように思えます。

“シカタの希望はおそらく間違っている。けれどその希望の反対を行こうとする事実こそが、本当は間違っている。”

こういったことを分かっていながら間違っている事実と向き合って仕事をしている人が実に多いんだな、と改めて思うと、通勤時間にこんなの読んでてもどこか閉塞的になってしまいそうになるけれど、
津村さんの記述のいいところはあくまでこれらのことを客観視したところで書いていることで、
そのおかげで少しだけ救われた気持ちになっている気がします。

「川の底からこんにちは」でも、心機一転した主人公が毎朝歌う会社の社歌を自分たちの置かれている現況をネタ化したような歌詞とメロディーに書き換える場面があります。

自分の置かれている立場や境遇をネタにして笑う、というのも一種の客観化で、
生い立ちとかではなくて、特に、会社組織のなかでおこっていることとか一過性のものであるなら、
「現状のネタ化」は自分の気持ちを救う手段としてアリだな、と思うことがあります。

理不尽なことやくだらないイザコザがあったとき、「何かの3流ドラマみたいだ」と笑い話にして、笑い飛ばしてしまえばいい。

自身が会社員経験を積んでいることからか津村記久子作品には仕事を題材としているものが多いけれど、
こういった作品で描かれていることはどこかの誰かが経験していてもおかしくないことばかりで、
それを客観的に書くことで、誰かの日常がネタ化されて救われればいいなと思います。

そして、明日はもっとましになればいいな。


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