Lazy-planet

LIFE | yuki ota

ある一日 子どもが生まれる日について

| 0件のコメント

新潮 2011年 09月号 [雑誌]

新潮第9月号のなかで、いしいしんじ氏が「ある一日」という自身の子どもが生まれる一日を描いた私小説を寄稿していました。

いしいしんじさんほど、うまく命のうまれる瞬間を描くことはできないけど、
僕自身も同じようにその一日の中で感じたこと、それまでのこと、これからのことを書きとめておきたいと思います。
少し、感傷的な文章になっているのはご容赦ください。

会社から帰って、家に着くと陣痛はもう始まっていました。
予定日を5日過ぎた頃。少しのんびりした親の性格をそのまま受け継いでくれていて、ようやく来てくれたか、という思いでした。

病室に入ってからは、時間が過ぎるのが早かった。
付き添いの夫も寝られるソファーベッドもあったのだけれど、気になって全く眠れなかった。
持参していた音楽を流して、陣痛の間隔が短くなるのを待つ。
病室で過ごしていた時間は、5,6時間ほど。初産にしてはかなり短いらしい。

だんだん子宮口は開いていき、赤ちゃんは”おりてくる”。
姿勢をいろいろ変えながら、力をうまく逃し、赤ちゃんがおりてくるのを待つ。
声を出しながら、息遣いを整える。
妻はとてもうまくやっていた。赤ちゃんがおりてくるのは早かった。
助産師さんの声かけもとても心強い、安心させる力があった。
「うまい、うまい」という助産師さんの声に背中を押されて、陣痛の波にうまく乗っていた。

陣痛の記録

頭が見え始めたころ、分娩の用意が始まった。
先生や助産師さんが集まり、天井から手術用のライトが現れ、仰向けの態勢になった。
生まれる瞬間を収めようと、夫はビデオカメラを取り出す。
片手で妻の手を握り、片手でビデオカメラを回した。

陣痛の間隔はもう1分くらいの間隔になり、大きな波がくるのを待った。
分娩の態勢になってから、30分程。何度か頭が半分見え、また戻ってを繰り返し、次の波を待つ。
妻の痛みもこれまでで一番のものになり、激しく叫びだす。
そうした叫びとともに、頭が見えた。そして、体がするっと現れた。出てくるときは一瞬だった。
現れた赤ちゃんは、全身が水にふやけたようになって白かった。

臍の緒を切り、小さな体を何度か揺らす。
取りあげた助産師さんの腕のなかで、小さな声で泣きはじめた。
生まれた。

生まれた、その喜びが室内に満たされた。

妻も安堵の表情を浮かべていた、と思うが夫はもう赤ちゃんのほうをずっと見ていた。
小さなベッドの上で体を拭かれて、顔を真っ赤にしている子を見ている。

生まれたばかりの子が、この子を産んだばかりの妻の胸の上に寄せられた。
頭はまだ縦に長く、顔もしわくちゃだけど、よく夫に似ている顔がすぐ目の前にある。
さっきまでお腹の中にいた子が、こうして胸の上に寝ている。

お腹の中にいるときも、確かに動いていてそこに”いる”はずのものなのに、
こうして外の世界に現れ直接触れることができて、はじめてその”存在”を実感することができる。
お腹の中にいることを許されている存在から、この世界に生きる存在へと変わる。

ようこそ、世界へ。と呟いてみた。
これから、この世界で生きていくことになるんだね。
しばらくの間、ずっとそばで見守っていくことになります。
これから、どうぞよろしくお願いします。

小っちゃい手!


Facebook comments:

コメントを残す

必須欄は * がついています