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LIFE | yuki ota

『新しい公共空間のつくりかた』頑張らない、だから壊れない空間

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PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた

行政のみに頼らない、民間や個人が様々な方法で公共空間(パブリックな場)を問い直す、再構築を試みる。
そういった実践的な取り組みを、東京R不動産等の運営をしている馬場さんが6人の実践者に対しインタビューを行い、紹介している。

それぞれ、金融・マネジメント・教育・行政など分野に対する専門性が高く、難しい問題を結果を残すに至るまで付き進めていける強さを持っている人たちだと思った。
それぞれの事例はどれもまったく異なる業態で、異なる分野の仕事をしているにもかかわらず、パブリックな空間を再定義し、その重要性を認識したうえで形にしている。

単純に行政のやり方がダメだ、という話でもなく、民間がやると結局無責任な結果を生む、ということでもない。

持続可能なマネタイズを具体的に考え、また一貫性のある姿勢でプロジェクトを進めていくやり方や連携の仕方が提示されていて、まちづくりやコミュニティ形成、再生を考え上でのヒントがたくさん見つけられる。

地域の抱えている問題は何で何をすべきなんだろう、新しいパブリックな空間とはなんだろう。

新しい公共空間のつくりかた

新しい公共空間のつくりかた

そんな疑問に対する答えは、本書を読んでもぼんやりとしか見えてこず、ちょうどスタンダードブックストアで開催されたイベントで、馬場さんの話を直接聞ける機会があったので、参加してみた。

greenzの小野裕之さんとの対談形式で行われた、その話の中で少しずつみえてきたものがあった。

たとえば、禁止事項がたくさん羅列され、何をすればいいの?となっているような公園。
そこは、開かれているようで、完全に閉ざされた空間になってしまっている。

禁止事項だらけの公園

禁止事項だらけの公園

私的な空間は市民が、公的な空間は行政が「何かしなければならない」ようになってしまっていて、
自分が「所有」していないものに関しては、関与しない。また公共空間もまた自分自身のものである、という認識が無くなっている。
本来であれば、地域内のみんなが使う公園はみんなで管理したり、維持のために暗黙のルールみたいなもので、空間をシェアしていたのに、
それが行政の管轄なんだから、公園に問題があれば、すぐに行政にクレームを出し、そう言われれば行政も対応せざるを得ない。

そういった過程を経て、先に挙げた禁止事項だらけの公園ができてしまう。

プライベートと、パブリックの間にある境界がどんどん強くなってしまっている、というのが馬場さんの問題意識の根底にあった。

それは資本主義の発達によって、自分のものにする「所有」ということにとらわれ続けて消費をし続ける、といったことの末路でもある。

「所有」ではなく「共有」、そしてその間にあるものを問い直す、というのが「新しい公共空間」のデザインの出発点だ。

一方で、Greenzの小野さんは、メディア記事に取り上げた事例をどんどん紹介してくれた。
そのなかで、「パブリックな空間って、曖昧だから入っていくのにおびえる」という言葉があった。
誰でも利用できる空間は、誰がいるかよくわからない空間でもあり、どう振る舞えばいいのかも定義されていないので入り込みにくい、という。

これは、先に見たプライベートとパブリックの壁が厚い、というところから来るものだと思う。
その間のゆるやかな領域(縁側)のようなものを、どのように作っていくか、そして維持していくか、というのが今後のパブリックデザインの課題となる。

Greenzの事例紹介でとりわけ面白かったのが、「東京シャボン玉倶楽部」だった。

Greenzより

Greenzより

タバコは体に良くない、という認識はおそらく誰もが持っているけれど、喫煙者の方が、喫煙所で、コミュニケーションの場を形成していて、それがきっかけで生まれるアイデアや関係性、そういったものがときに大切になることもある。
でも、やっぱり非喫煙者もそういうのがしたい、喫煙者だけずるい、みたいなところはあるわけで。
そこで、「タバコの代わりにシャボン玉のあるライフスタイルを提案する」という、いたってシンプルな活動目的をもって、それを続けている団体が「東京シャボン玉倶楽部」だ。
喫煙所ならぬ「シャボンダマステーション」を各地に設置してもらい、シャボン玉スティックをもって、自由に集まれる空間を作る。
そうすることで、ゆるい関係性を持たせた場を作り上げているのだという。

とても面白い取り組みだけど、団体としては積極的に活動したり、マネタイズしたりすることはしないのだ、という。
「がんばらない、だから壊れない」という言葉で、それを表現していた。シャボン玉を壊さず飛ばすには、強く吹きすぎないのがコツなのだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

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「がんばらない、だから壊れない」という言葉はとても響くものがあった。

小野さんの紹介した事例も、馬場さんの著書にある事例も、どれも本当に頑張って、先進的な取り組みを実践しているものだと思う。
でも個人的には、そんなにがんばらなくても、そこにいる人たちだけで長くやっていけるような、そんな空間を当事者性を持って作っていけるのがいいなぁ、と思っている。

自治会、町内会なんていうような昔からある組織もそうで、本当にいろんな人たちが「そこに住んでいる」という一点でのみつながっていて、
そのなかで、頑張って何かをやっていく、のはとても難しい。

でも、もう少しゆるく楽に考えて、これだけは守っていきましょうよ、ということだったり、お金をかけなくてもたとえばシャボン玉一つで雰囲気が変わることだったり、
かたくなにプライベートを守る人のガードを下げていくことはいろいろできるんじゃないだろうか。

専門性の高い人がやったほうがうまくいく、東京のやり方を地方に持ち帰る、といったようなやり方で、地域に新しいコミュニティを作っていくことは、
一時的には効果があるかもしれないけれど、結局「だれでもできるやり方」を仕組化しないことには、息の長い取り組みができないと思っている。

それは、既存の組織を否定することではなくて、既存の組織の土壌の上に新たな価値をつけていく作業だと思う。
地道にそうした作業を続けていくことが、所有から共有への流れをスムーズにさせていくのだと思う。


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