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LIFE | yuki ota

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「主夫」になった僕は

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まず、ここから始めなきゃいけない、と思っていたのに、ずっと書けずにいたことです。

去年の4月にうつ病と診断されて、もう一年以上が過ぎました。

依然として、ときどき苦しい思いをしている自分に、すごく嫌になることもあります。

でも、ようやく少しずつ今の自分を見つめることができて、またほかの人にもその弱さを伝えられるようになってきたと思っています。

自分から進んでいかないと改善しないんだな、と思っていろいろな人に話を聞いてもらったり、集まりに参加するようにもなりました。

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一度、立ち返って鬱になってしまった今までのことを書き起こします。

これまで、普通にサラリーマンとして7年くらい働いてきました。大企業は合わないだろうと思って、ベンチャーに就職して(途中転職して)忙しいけど、仕事はだんだん面白くなっていました。

結婚して、子どもが生まれてからも、家事も仕事もおろそかにしないつもりでした。フルタイムの共働き夫婦だったので、家事もうまく分担しないと、妻に過剰に負担がかかります。なるべく早く帰って、子どもを風呂に入れ、洗濯、洗いものをして眠り、朝は保育園に送りに行く、という生活を心がけ、実践していました。

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それが、徐々に回らなくなりました。仕事で頻繁にミスを繰り返すようになり、残業時間が長くなりました。家事や育児は好きだったし楽しいけど、もちろん負担にもなりました。子どもにもっといろんな経験をさせたいし、優秀な妻のキャリアももっと伸ばしてあげたい。いつのまにか、家でも会社でも張りつめた毎日を過ごしているうちに、心が蝕まれていたようです。

体力的にもつらかったのは事実です。残業時間が最も膨らんだ昨年の4月に、耐えられなくなって心療内科に行きました。

はじめは、薬さえもらえればなんとかなる、と思っていました。うつ病は、「病気」なんだから、薬と治療で治るものだ、と。

でも、薬の影響での眠気、慢性的な疲労感、頭痛・肩こり、吐き気など、状況は一向に良くなりませんでした。

会社にはなかなか言いづらく、ようやく伝えたのが6月ごろ。そして、8月末に休職しました。

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休職中は、リハビリといいつつ、家事も育児も行っていました。薬の副作用も強く、どうしようもない眠気に襲われて、一日寝ていることもありましたが、昼間の家事だけなら、そこまで負担には感じませんでした。夕方以降は、妻にかなり負担をかけていて、お任せすることも多かったです。

次第に体調は良くなり、薬による眠気以外は日常生活に支障のない程度にはなりました。人に会うとふつうに元気に話せるし、外に出かけることもできます。

一方で、精神的な不調は自分でもよく分からず、コントロールしづらいままでした。休養中、病気に関する知識や療法なども本で読んで、頭では理解しています。

それでも、身体的な反応がどうしても過敏に出てしまい、何かストレスにさらされると、過剰な自己嫌悪や不安感に襲われ、気分が悪くなり鬱の波に沈んでしまいます。

結局、休職期間満了で、会社を退職しました。

 

それでも転職しようと試み、この春から新しい職場に通い始めました。

本当なら、いまもその会社で働いている予定でした。でも全然病気は治っていなかったようです。

その会社の「型」に嵌らなければ徹底的に直されるという環境下で、ひどくストレスに過敏に反応してしまい、ここでもミスの繰り返し。わずか2週間で、這うように会社に行き、家に帰って倒れこむ毎日。結局、会社には行けなくなり、また病気と向き合う時間が訪れました。

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もう一度、病気と向き合うなかで、本当に自分が守らなければならないもの、大切にしなければならないものは何か、と考えました。

 

本当に、大切にしたかったのは、家族で笑って過ごせて穏やかに暮らせる「普通」の日常です。

でも、それが共働き夫婦でやっていけているという自負や仕事も育児もできる自分みたいなものに対する見栄と重ねてしまい、見えなくなってしまっていたようです。

 

今も、心療内科に通い続けています。ただ、以前に比べ気持ちははるかに楽になっています。

「仕事」を諦めたからです。そして、自分のことを「主夫」と呼ぶようにしました。

「主夫」になった僕は情けない男性でしょうか。同世代で同じ大学を出た同輩の中には、既に年収1000万円を稼ぐ人もいます。家事も仕事も両立している友人も多くいます。でも、それができないからといって、その人の能力や価値が低いことになるのでしょうか、

「仕事」を諦めることができたのは、妻のおかげです。妻が働いてくれるからであり、妻が病気の私を支えてくれるから、です。ただ同時に、自分も何もしていないわけではない、一人の子どもを育て、妻の仕事を支え、家や地域のためにできることをしているのだと気づきました。

どこかで「主夫」や「主婦」を馬鹿にしていたのかもしれません。稼ぐ能力の高低や肩書や所属だけで、その人の価値を見定めてたのかもしれません。そんなつもりは全くなく、共働きの自分たちなりのロールモデルを作っているつもりでいたのに、それもまた新しいキャリアという競争社会のなかに取り込まれていたようです。

実際、「主夫」と名乗っていいのかどうか、怪しいくらい妻には助けられています。妻は仕事をしながら、子どもを育て、時々つまづく僕を支えてくれています。

僕は仕事ができる人を尊敬しています。家事ができる・育児ができる人も尊敬しています。でも、それを自分ができないからといって、嘆くこともないんだと思っています。そんなに自分はすごい人間じゃない。

でも、自分にもできることがあるなら、「主夫」としてしばらく生きていたいと思う。

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僕は病気のために仕事を辞めた、30歳無職の男性です。でも、自信をもって「主夫」を名乗りたいと思っています。そうすることで、「何でもない自分」が何か変わる気がしました。

そして、不思議なことに職業は「主夫」です、と名乗り始めてから、面白い出会いが多く生まれています。

もし、同じように悩んでいる男性がいたら、仕事のことは一度()の中に入れてしまいましょう。

僕は自身を守るために「主夫」をしています。僕がまた笑って暮らせるようになったことで、家庭を守ることができています。そして、私が主夫をしていられるのは、今も頑張って働いている妻のおかげです。

しばらくは、こうしてゆっくりと生活を整えたいと思います。

そして、また何かのきっかけや機会があったときに、お互いの役割を見直したり、また仕事をしたり、仕様と思います。


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