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LIFE | yuki ota

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『断片的なものの社会学』意味の無い断片の集まり

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『断片的なものの社会学』を読む。

とても静かな断片的なものの著者の語りは、無数の小石のなかから拾い上げた「この小石」の無意味さの魅力を無邪気に語るようで、好きだ。

 

岸政彦さんは、ライフヒストリー研究の手法で、部落問題や沖縄の人たちの生活史を分析し、その過程で、多くの人の人生の語りと向き合っている。

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社会学研究のライフヒストリーの手法自体、大きな歴史の流れからこぼれた断片的な個人史を広い集めるものだけど、この本に書かれている断片的なものはその生活史からもこぼれ落ちてしまうような、微かでささいなものの集まりだった。

本当はそうしたささいなもので人の人生は成り立っていて、人が物語に乗せて語るもの以上にそこに面白さがある、とそれをとらえることもできる。

一方で、著者が強調するのは、それら断片的なものの無意味さである。

社会学者は、なにかにつけて、ある事象や事物を文脈に位置づけて、その意味や意義を分析しがちだ。(というか、それが仕事なんだけど)

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ただ、そうした対象となるもの以上に、無意味な断片は、この世界中に無数に転がっている。

それらは永遠に拾い上げられることのないものも含まれる。無意味なくだらないもの。断片的なもの。それらは解釈をすり抜けて、意識の外に置かれるか、分析できないものとして扱われる。

 

断片的なものがただ脈絡もなく置いてあるだけの人生は、失敗したり、裏切られたり何にもなれなかった自分の無意味な人生でもある。
でも、「その人生は遠い他の誰かにとっては意味のあるものになるかもしれない」というどこか祈りのような一文がある。

普通の人の普通の物語、普通の日常。それは、意味のないものであるけれど、意味のないものだからこそ、それを魅力的なものにしようとすることもできる。

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読むと、ただなんとなく家のまわりを散歩してみたくなった。

夏の暑さに、歩く人のほとんどいない昼間の住宅街にも、断片的な分析できないものが無数にあるような気がした。

 


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